エバークエスト2 Wiki
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Asharaeのその後の行動しだいでは、ここで V'Nol家の物語は終わっていただろう。けれど彼女は、ノーラスでいちばん奇妙な冒険者の寄り合い所帯に出会い、出会っただけでなく仲間になった(ダークエルフの加入によって、一行には元からのちぐはぐさだけでなく、 ありえなさまで加わった)。それにより、この物語はもう少し先まで続くことになる。Asharaeが我々と遭遇したのは、ネリアックからの逃避行の途中のことであった。多くの者(もちろん、私も含めてである)が反対の声をあげ、Asharae本人も当初はかなり渋るなど、様々な紆余曲折を経たものの、最終的には我々一行にメイジの仲間が増える運びとあいなった。我々の使命を鑑みれば、神秘の水晶「スクリオナ」が、いたって役に立つであろうことは、 否定できるようなことではなかった。何しろ、虚無がこの世に出現する際の、侵入通路たる裂け目を予測できるのだ。もしそんなことが可能なら、旅は何倍も楽になる。…ところがである。肝心の Asharaeがスクリオナを扱う力は、よくてまずまず、悪くて運任せというレベルにすぎなかった。ゆえに我々は、進路を変えてネリアックに向かい、 Baron V'Nolとそのご夫人を、力ずくで連行する運びとなった。そしてこの日の出来事により、Asharaeと V'Nol家にまつわる物語は、真の結末を迎えることになる。


Madam V'Nolは、両手両足を縛られた状態で、馬車の隅っこに放られている。少し前まで自慢の品だったスカーフは、今や格好のさるぐつわだ。あらためて婦人が逃げ出す可能性がないことを確認すると、Asharaeは Baron V'Nolをせき立て、洞窟の奥へと向かっていった。男爵もまた、目隠しとさるぐつわをされていた。

「1人でだいじょぶかい、お嬢ちゃんよう。」 黙って奥へと向かうAsharaeを、基本的には見守りつつも 、ドワーフの Kaltukがそう声をかける。

Asharaeはその言葉に振り返った。きつい視線が、仲間1人1人の面持ちを確かめていく。一行の誰もが認めたことだが、その時のAsharaeは、かつてないほど落ち着いていた。おそらく出会って初めてのことだ。そして同時に、見れば一目でわかるほど、Asharaeは明らかに興奮していた(もっともその日、抑えきれぬ興奮を抱いていたのは、他の仲間たちも同じであった。これ以上興奮できることなど、今後なかろうと思われるほどだった)。Asharaeの 暗さをたたえる青白い肌が、森に差し込む木漏れ日に照らされ、きらめいた。彼女の瞳は、まるで何かを守るかのように、仲間たちの視線を跳ね返している。

「大丈夫よ」と、彼女はついに口を開いた。「問題なんて何もない。武器らしい武器は取り上げてるし、魔力を中和するフィールドも効いている。だからあいつには、身を守るすべすらないんだから。私のことならご心配なく。」

Asharaeと男爵は 洞窟の闇に消えていった。それを見送ると、Kaltukは洞窟入口の岩に身を預け、Nurggという名の仲間のオーガにつぶやいた。「“だいじょぶか”っていうのはよ、お嬢ちゃんのことじゃねえんだけどな。」

奥まで来ると、Asharaeは Baron V'Nolを杭に縛りつけ、まず目隠しを取ってやった。男爵は大きく目を見開いたが、眼前にいるのがAsharaeだとわかると、さるぐつわをされているのも忘れて、もがもがと何かを叫ぼうとした。「さて、お父様。」父親の胸に指をあて、左から右へ、右から左へとすべらせながら、Asharaeはそのように切り出した。「スクリオナの使い方を教えてほしいの。もちろん、教えてくださるわよね…」 ヒュッという音とともに、彼女の手にダガーが現れる。Asharaeはそのダガーをもてあそび、今は沈黙する切っ先を、父親の喉のくぼみにあてがった。「じゃないと、細切れになりますよ。」 松明の光を浴びてきらめくダガー。男爵のさるぐつわがスパリと切れる。口を塞いでいた布が落ちると、ナイフを見せられて動揺していた男爵は、洞窟じゅうに轟き響く悲鳴をあげた。それでもやがて落ち着くと、男爵は何度も深い呼吸を繰り返し、まるで網にかかった野生動物を見るような目で Asharaeの顔を見るのだった。伸びた前髪がひと筋ふた筋、Asharaeの目にかかっていた。その隙間から、彼女は父を見下ろしていた。値踏みしていたのである。この男が 、本当のことを話すだろうか。それとも、自分から話をするように“説得”する必要があるのだろうか。Asharaeは冷静に考えていたのだ。

Asharaeは“説得”に舵を切った。あたかも稲妻が走ったかのように、男爵の腕に深い切り傷が現れる。あとほんの少しでも深ければ、繊細な動脈に達しようかという深さだ。男爵は再び悲鳴をあげた。言葉にならない言葉が、男爵の舌のうえでもつれた。「ああ、Asharae。」男爵はそう懇願した。「やめてくれ、Asharae。こんなこと、おまえだって望んでないはずだ。」

Asharaeは しばらく父親の顔を見つめていたが、やがて声を出して笑い始めた 。初めは穏やかなものだった。しかし笑い声はしだいに大きくなり、最後には彼女自身にも抑えられぬほど大きくなった。「私が、望んでないですって?」両腕を大きく広げて、そう尋ねる。「お忘れになったの? ついこの間まで、私は奴隷だったのよ。私のこれまでの人生は、あなたの家にこき使われる奴隷だった。まだ這うことしかできない頃から、屋敷の床磨きをさせられて。ようやく歩けるようになったら、今度は壁磨きをさせられた。どこか一ヶ所でも手落ちがあれば、あなたの奥さんにひどくぶたれた。ひどい時には、死の一歩手前まで殴打された。」 そこまで言うと、彼女は男爵に近寄った。「何度も思ったわ。あともう一歩、踏み込んでくれればよかったのにって。中途半端なことなどやめて、あの女が、本当はやりたいようにやってくれればよかったのにって」 そこまで言うと Asharaeは束の間押し黙り、再び父から身を引いた。短剣の切っ先を爪に乗せ、落ちないようにバランスをとりながら、Asharaeはあらためて口を開く。 「だったら教えてくださらないかしら、 Baron V'Nol。こういうことを、私が望んでないと考える、その根拠を? …あなたに答えられないなら、私の方から教えてあげるわ。そんな根拠はどこにもないのよ。あなたの奥さんが私を虐待してきたことに、理由がないのと同じでね。この広い世界に、私ほど虐げられた者はない。だから私は、あの女を絶対に許さない。」彼女はツカツカと歩み寄り、今度は男爵の反対の腕に斬りつけた。やはり、あとわずかで動脈に達する、深く危険な傷だった。それからしばらく、Asharaeはゆっくり時間をかけて、男爵の体にいくつもの切り傷をつけていった。腕から肩へ、肩から胸へ、そして最後には頬までも。「そろそろ教えてくださらない? 私が知らなきゃいけないことを。」

ぜいぜいと息を切らせながら、Baron V'Nolは とうとうAsharaeに語り始めた 。「理由ならあったのだ。すべて、事情があったのだ。おまえは、あの妻の娘ではない。愛人が生んだ子なのだよ。私が、自分の慰みのために、金で囲った女の、な。おまえの母は、踊り子だった。『乙女のきまぐれ』という一座の踊り子だったのだ。できることなら、そのベッドに入ることまではしたくなかった。下賎の者とはいえ、あの若い娘の抱擁に、慰みを見出す、それだけにとどめておきたかった。だができなかった。だからだよ… 私の妻が、長年怒り狂うことになったのは。もうわかっただろう、Asharae。おまえは母に捨てられたのだ。おまえの母は、生まれたばかりの赤子だったおまえを、我が家の門に置き去りにした。…だから、もうこんなことはやめてくれ。おまえは、これまで、ひどい扱いを受けたと感じているかもしれないが、被害妄想もいいところだ。私は、おまえを生かしておいてやったのだ。私はいいことをしただろう?妻は、私の恥だからと、おまえを殺してほしがっていたが、私はそれをしなかった。何故かって、私はおまえの父親で、おまえは私の娘だからだ。だからやめてくれ、放してくれ、Asharae。そしてスクリオナを返すのだ。おまえに流れる、私と同じ血潮に免じて、おまえを殺すことまではせん。殺さず、生かしておいてやる。だから、頼む。」そこまで言い終えると、男爵は頭を高く上げた。その唇には、いかにもとってつけたものではあったが、彼女を懐柔するための笑みが浮かんでいた。

Asharaeは男爵をにらみつけていた。一言も発さず、完璧な沈黙を守っていた。ふと、その顔にある表情が浮かんだが、いったいどんなものであったか、それを知るのは彼女に面と向かい合っていた 男爵本人だけである。語り手たる私にわかるのは、その表情が、男爵に、これまで以上の絶叫を放たしめたということのみである。仲間たちが駆け込もうと洞窟の入口に集まった頃には(先陣を切ったのは Kaltuk だった。異変があれば対処できるよう、予断なく待機していたのだ。)Asharaeはもう、洞窟の奥から外に出てきたところだった。彼女のローブは返り血の縞模様に彩られ、彼女が固く握りしめていたダガーは、血にひた濡れて赤い滴をポタリポタリとしたたらせて いた。

Kaltuk はあごを突き出しながら、1歩前に出た。「Brellのとっつぁんの豪腕にかけて、おめぇいったい…?」

そこに Bayle が前に出て、ドワーフの胸元に手を置いた。大柄なヒューマンの青年は、小柄のダークエルフからすると、そびえる塔のように背が高かった。だがAsharaeは、そんな身長差など知ったことかと言わんばかりの視線を返す。「何があったんだい、Asharae?」と尋ねるBayle。「きみはあの人に尋問を行うはずだった。尋問はあくまでも尋問であって、それ以上のものじゃない。そうだね?」

さすがのAsharaeも横を向いてうなだれたが、やがて唇をすぼめて言った。「男爵さんは… 体力の関係で、尋問に耐えられなかったみたい。お気の毒だけど。」

「いくらノーラス広しといえど、スクリオナの使い方を知っている者は、もうあと1人しかいないんだ。」Bayleはそう言うと、Asharaeを意固地にさせないように、柔らかな物腰で近付いた。彼が動くと、身につけていたレザーアーマーが 小さくみしみしと音をたてた。「あの女性を尋問するときは、もう少し気をつけてもらえないだろうか?」

Bayleの申し出をしばらく吟味していたAsharaeだが、その発言の示すところを理解すると、彼女の顔は傍目にわかるほどひきつった。「…わかったわ。できるだけ気をつける。」その声は、うつろなほどに乾いていた。Asharaeは一同に向かってひらひらと手を振る。自分に任せて、もう散ってくれと促しているのだ。

「今日、俺の目の届く場所で、これ以上誰かが苦しむようなことはやめてほしい。」Bayleは最後に念を押した。目をやれば、その手は剣の柄にかかっている。「念のため具体的に言っておくと、きみの手で殺すようなことはするな。たとえ相手がダークエルフだろうが、礼儀として丁重に接するべきだ。」場の一同は押し黙り、固唾を飲んでそのやりとりを見守っていた。

Asharaeの視線が、剣に触れているBayleの手から、その顔へと移った。あたかも視線を焼き付けようかというように、彼女はBayleを激しくにらんだ。「そんな甘いこと言ってるようじゃ、スクリオナは絶対に手に入らない。」Asharaeは激しく言い放った。「そうなれば、虚無はますます蔓延し、私たちを支配することになる。やれると思うなら、あなたがやってみなさいよ。でも言っておくけど、 Baroness V'Nolは、生易しい手段じゃ口を割らないわよ。」がっくりとうなだれる彼女の視線は、足元の地面に突き刺さる。その姿を見て、 Twiddy Bobickは、くるりとAsharaeに背を向けた。彼はこの一ヶ月、仲間とテントを別にしてまで、夜毎たき火のかたわらに座り、仲間になるように Asharaeを説得し続けた功労者だったのだ。Twiddyは背中に哀愁を漂わせ、クラウドスキッパー号が停泊している広場の方に戻っていった。その盟友である A.M. Fiddlewiz博士も、間もなくTwiddyの後を追った。

Bayle は長いことAsaraeの様子を見守っていたが、やおら口を開いてこう言った。「まぐれや運任せにならぬようにするためにも、俺たちにはスクリオナが必要だ。それじゃ Asharae、きみに任せよう。ただしKaltuk 、きみが彼女についてやってくれ。彼女がやりすぎてしまったら、ブレーキをかけてほしい。きみは不正が許せないタチだからな。そういう役目が向いてるだろう。」そう言うと、踵を返して歩き始めた Bayleだが、途中で一度だけ立ち止まり、肩越しにAsharaeの顔を見た。「すでに起こってしまったことは、もはや何をしても変えられない。何か変えられるものがあるとすれば、それは今日から先、きみが歩んでいく道だけだ。そのことをよく考えてみてくれ。」それだけ言うと、Bayleは広場に去って行った。 他の仲間たちも、Kaltukと Nurggの2人を除いて、Bayleについて散っていった。

Kaltukはぶつぶつ言いながら、Asharaeに近寄って声をかけた。「さ、行こうぜ。まがりなりにも母ちゃんだろ。できれば行儀よくするんだぞ。」洞窟の奥に姿を消す2人。その後ろ姿を、入口の壁にもたれかかりながら、 Nurggが優しく見守っていた。

結論から言うと、Asharae は尋問に成功し、スクリオナの使い方を聞き出すことができた。 Baroness V'Nolも、めでたく尋問を生き延びた。けれどもその晩、婦人は荒れ狂うオオカミの群れに放り込まれ、八つ裂きにされてしまったのである。誰にもそれを止められなかった。 誰もがAsharaeの顔を見ずにはいられなかった。しかし一切が終わりを迎えると、彼女は再びテントに入り、それっきり引きこもってしまった。ダークエルフは夫人の死について、一言も口にしなかった。そして彼女は、もう仲間のそばで眠らなくなった。それでも夜更けに耳を澄ませば、夢を見たAsharaeが泣いている声が、どこか遠くから聞こえるのだった。



この物語の全貌を語ることができたのは、ひとえに私の、真実を見極める能力ゆえである。 Baron V'Nol の素性については、もはや推測の域を出ない。いずれにしても、Asharaeは我々に スクリオナの呪いを回避する方法を教えてくれた。だがあの血なまぐさい 一日は、あまりに大きな意味を持ちすぎていたと思う。


Asharaeは、かわいそうな人である。そう思うべきではないとわかっていながらも、私は一抹の哀れみを禁じ得ないのだ。



出展:公式アーカイブ[1]

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