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http://www.playonline.com/eq2/tod/tod_c02.html より

トランクィリティの宿命編集

コモンランドの大地に赤い夕陽が静かに沈んでいく。男は小屋の窓から、黄昏どきの空と地平を眺めていた。しわ深い男の手は、質素な夕飯の後かたづけをしている。広大な平原が夕焼け色に染まるその光景を、年老いた男は何より愛していた。この厳かで静けさに満ちた時間と空間に安らぎを覚えるのだ。そのために男は、フリーポートの人いきれを避け、こうして自然の中で暮らすことを選んだのだ。 やがて夕陽は平原の彼方に落ち、空は曖昧な闇に塗られていった。そのころには、食卓の後始末はすべて済んでいた。小屋の内の暗がりを照らすかがり火の脇に、男は膝を折って腰を下ろした。乾いた音で骨が鳴り、節々が痛んだ。だがそれも慣れ親しんだ痛みだった。静かに男は目をつむる。心を空にして。それは若い頃にアッシェン・オーダーの師から叩きこまれ、いまでは着慣れた服のように体と心に馴染んだ瞑想の所作だった。

どれほどの時間が経った頃だったか。静かな瞑想は、何者かが小屋の戸をたたく音に妨げられた。男はぱちりと目を開いた。薄闇の向こうで、誰かが戸をたたいている。その音は不思議とやさしく響いた。まるで、胸のうちで心の臓がことりことりと脈を拍つように。――こんな時分に、ぼろ小屋を訪れる客とはいったい? 男は音もなく立ち上がった。野盗のたぐいが老人の独り住まいを狙って襲ってきたことが過去には何度かあった。もしそのたぐいならば……。男は拳を握りしめた。そこに宿る力を確かめるように。どんな賊だろうと退ける自信はあった。こくりと小さくうなずくと、男は小屋の戸を開け放した。

驚愕に息を呑み、男はその場で立ちすくんだ。扉の向こうにたたずんでいた存在、その正体が男には一目で理解できた。その存在は、小柄な少女の外見をしていた。だが、ただの少女ではありえない。彼女の全身がまばゆく温かい光を放っていた。それだけではない。その姿は、えもいわれぬ安らぎの波動ともいうべきものを放っていた。男の心は奥底の部分から光と平安に満たされた。気がつくと、男の目に涙があふれていた。唇は震え、言葉は形にならなかった。

少女の姿をしたものは、男を見上げ、かすかに微笑んだ。「使徒よ」 空間にたゆたう穏やかな楽の音のようにその声は響いた。

男の全身がいつしか小さく震えだしていた。身を捧げるべき主を目の当たりにした、その畏れと感激のために。恭しく少女の前に膝を折り、男は身を低くした。意志の力をすべて集めてようやく男は声を絞り出した。「この身に定められた時がきたのでしょうか? この現世に別れを告げ、御身とともに平穏の世界に身を置くべき時が……」

少女の姿をしたものは、小さな手をさしのべ、男の手をとった。はっとして男が顔を上げたとき、少女は穏やかな笑みを浮かべながら小さくかぶりを振っていた。「使徒よ。まだ、その時ではないわ。だって、あなたにはまだ、やるべきことが……とても大事な務めがあるんですもの。さあ、起きてあたしと一緒にきて。この世界にこうしていられる時間は、あまり長くはないわ」

手を引かれ、はじかれたように男は立ち上がり、少女につき従った。少女はゆったりと表へ足を運んだ。不思議なことに、少女の進む先はすべてのものが安らぎのうちに静まりかえっていた。超常の光があたりを照らし、真昼のように世界は明るかった。男が息を吸うと、かぐわしい花の香が肺を満たした。けれどそれらの現象はすべて、少女の本質を知れば、驚くには値しないことだった。そうだとも、このお方なら、造作もないことだ。男は思った。どんな荒れた大地でも、このお方がおわすだけで、そこは安らぎに満ちた平穏の園になるだろう。

ゆっくりと歩を進めるあいだも、少女の手は男の手を離さなかった。あくまでやさしく、それでいて明瞭な声が男の耳に届いた。「使徒よ。まもなく、苦難の時代が訪れようとしてるわ。時代が変わろうとしているの。変わった結果が善いものになるか、そうでないかは、あたしにもわからない。でも、確かなのは、この天地がやがて麻のように乱れるということ。そのことはすでに天命として定められてしまった。天命に従い、暗雲が世界を覆うでしょう。そう、あたしの名前は人々に忘れられ、かわって争乱の渦が世界を飲みこむでしょうね」

男は息を呑み、そして言った。「お待ちください、主よ。このノーラスの地から、御身の導きの光が消えるなど、あってはならぬことです」

少女の姿をしたものは、ゆっくりとかなしげに首を左右にした。「これはもはや定められたこと。誰にもそれを覆すことはできないの。それだから、あたしがあなたのもとを訪れたのよ。あなたには使命を負ってもらうわ。それは、とても大切な使命。やがてくる暗黒の時に備えて、あたしの教えを絶やさぬよう守り伝えるというね」

男はその場で恭しくひざまずき、こうべを垂れた。「仰せのままに、主よ」

ひざまずいた姿勢を崩そうとしない男の肩に手を置き、彼女は慈愛と平穏に満ちた声を響かせた。「ありがとう。それでは、お立ちなさい。そして、あなたの“運命”を受け入れ、目を開くのです」

大きく息を吸うと、男は立ち上がった。不思議と体の節々の痛みが消え去っていた。また目に映る光景が、かつての鮮明さを取り戻していた。己の手に刻まれていたしわが、跡形もなくなっていることを男は知った。それだけではない。全身が若々しい力でみなぎっていた。

「あなたの身に重ねられていた齢という名の衣を取り去りました。あたしに仕える限り、その身はもはや老いることを知らないわ」

男は敬虔にこうべを垂れた。「感謝します、主よ。そして、私はこれから何をなすべきなのでしょうか?」 その男の声も、若く力に満ちたものになっていた。

「あなたは、あたしの代理人になるの。あなたは平穏の教えを体現するものとして、暗闇に覆われた世界で人々を導くのよ。それをすることができない、あたしにかわって」

「喜んで、お言葉に従いましょう。この天地のすみずみにまで、きっとあなたの教えを伝えてみせましょう。この命にかえて」

そのとき、少女のまなざしが天空に向けられた。しばしの沈黙のあいだ、彼女ははるか頭上でにわかに輝きを増したラクリンの月を見上げていた。そして、ごくわずかに、そのたおやかな眉がひそめられた。

「時間が、もうあまりないわ。あなたにたくさんのことを伝えないといけないのに。さあ、ついてきて。あなたはたった今から“平穏”の化身、アバター・オブ・トランクィリティになったのよ」

ふたたび少女の手がさしだされ、それを男の手がとった。静謐な空気の中に2人の姿が溶け込んでいく。足跡が長く続き、小屋が遠ざかる。もはやかつての生活に戻ることはできない。課せられた宿命に従い、新たな道を歩んでいくのだ。古い時が終わり、新しい時が始まろうとしている。

夜のとばりは静かに優しく地に落ちた。だが、その平穏は、いまこのときだけのものなのだろう――。


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